本書はさらに、マルクス主義、バッハオーフェンの母権理論というフロムに大きな影響を与えた思想を取り上げ、次いであまり論じられることのないフロムの臨床上の貢献をも含め、実存主義、社会的性格など、フロムの本質的な問題へと論を進めていくのだが、著者はつねにフロムを精神分析の歴史の中に置くというだけでなく、さらに広くヨーロッパの思想の潮流の中に置くという、きわめて視野の広い態度を保っている。そのために著者が渉猟した文献は膨大な量にのぼっている。アメリカにおける精神分析の教科書の著者たちの不勉強を批判しているのも、この自信から来るのだろう。よく目の行き届いた、均衡のとれた叙述であり、フロムもすぐれた知己を得たというべきだろう。
 本書には多くの文献が引用され、その頁数まで明記されているが、読者の便宜を考えて、フロム自身の著書、およびライナー・フンクの伝記『エーリッヒ・フロム』については、ごく一部を除いて、文献リストに掲載した邦訳書の頁数に改めた。ただし、訳文は私たちのものである。なお、訳書のうち、たとえばフンクの伝記のように、私たちがドイツ語から訳したものについては、本書の引用と多少の異同があることを、つけ加えておく。本書の翻訳に当たっては、まず佐野五郎が全文を訳し、それに佐野哲郎が筆を加えた。
 出版に際してご苦労をおかけした紀伊國屋書店出版部の高橋英紀氏、および前任者の荒木好文氏に、厚く御礼申し上げる。

1995年12月

佐野哲郎

フロムの遺産

  • 作者: ダニエル バーストン
  • 出版社/メーカー: 紀伊國屋書店
  • 発売日: 1995/12
  • メディア: 単行本