フロムの哲学の根本にあるものはヒューマニズムである。別な言い方をすれば、それは生命への愛である。人間はみずからの意志に関係なくこの世に生まれ、みずからの意志に反してこの世から連れ去られる。そのかぎりでは他の動物と変わりがないが、その運命を自覚するがゆえに悲劇的であり、その運命を超えようとするがゆえに偉大にもなりうる。フロムにとって、人間が十全に生きるということは、まさにみずからのかぎりある生命を超えることであって、それに資するものは善であり、それを阻害するものは悪である。かくして、フロムはつねに倫理的であって、これもまたフロムの魅力であろう。そのような倫理を説く際にフロムが言及するのが、古今東西の先人たちである。それは旧約聖書の預言者たちであり、キリストであり、仏陀であり、ギリシャ・ローマの古典作家たちであり、マイスター・エックハルトであり、スピノザであり、芭蕉であり、マルクスであり、シュヴァイツァーであり、鈴木大拙である。これらの人々を引き合いに出すとき、そこに私たちは今の世の中からほとんど失われた全人格的信頼ともいうべきものを見る。ときにはそれはあまりにも楽観的に見え、批判も招いている。しかし、このように人間を信じる姿勢が根本にあればこそ、フロムはあれほど多くの若者たちを惹きつけ、その生き方にも影響を与えてきたのではなかったか。

フロムの遺産

  • 作者: ダニエル バーストン
  • 出版社/メーカー: 紀伊國屋書店
  • 発売日: 1995/12
  • メディア: 単行本